非正規労働問題から考える、労組の役割。

■記者の目:非正規労働の仲間が増え、組織率上昇=東海林智(東京社会部)
 (2010年1月13日『毎日新聞』東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20100113ddm004070153000c.html
 ◇東海林智(とうかいりん・さとし)
 ◇労組は社会連帯の要たれ 孤独な人々を見限るな
 「人と接しないことで、自分は自分を守ってきた。でも、労働組合に入ってみて、それが正解でないことがこの1年間で分かりました」
 昨年、労働組合の組織率が34年ぶりに上昇に転じた。厚生労働省がその調査結果を公表してから間もない12月、東京都内で若者が企画した働くことを話し合うイベントで、一昨年末に契約途中で雇い止めに遭って失職した元派遣労働者の男性(37)は、1年間を振り返り、少し上気した顔でそう言った。今回の労組の組織率反転は、非正規雇用労働者の組織化が進んだことが要因の一つだ。「正社員クラブ」と皮肉られ、メンバーのことだけを考えてきた労組が変わりつつある証しでもある。労組は彼が感じたような、小さな思いの積み重ねを大事にし、社会的なきずなを強める役割を果たしてほしい。
 彼が4年間働いた自動車工場を雇い止めにされたことは、住んでいた寮を追い出されることも同時に意味した。行き詰まり、インターネットで探した個人加盟の労働組合に初めて助けを求めた。彼にとっては大きな決断だった。派遣で働いている時、仕事も覚え、正社員と同じかそれ以上の働きをした自負はある。しかし、職場の朝礼で製造過程の改善などを提案すると、「派遣なんだから控えめにしなよ」と言われた。景気の悪化で社員のボーナスが減額された時は、「派遣さんよりはましだから」と心ないことを言われた。男性は「まるで身分制度です。誰ともかかわらないことが自分を守ることだと思い込んでいた」と話した。
 労組がメンバーのことだけしか考えていないころ、働く環境はグローバル化や市場原理主義の波に洗われた。利益、効率最優先の旗の下、労働者派遣の原則自由化など働き方の規制緩和が進められた。労組はそれらの政策に反対の声を上げた。しかし、組織率が低下する中でその声は軽んじられ、雇用環境の劣化に労働者側から歯止めをかける社会的規制の力は弱まった。その結果、労働者の3人に1人が非正規となり、正社員も過労死・過労自殺が過去最悪レベルで推移するような長時間過重労働の常態化、残業代不払いの名ばかり管理職の拡大などを許した。
 非正規で働く労働者たちは、正社員より低い賃金で不安定な雇用に置かれ、多かれ少なかれ、彼のような孤立感を感じているはずだ。実際、「正社員労組は助けてくれなかった」、「非正規は排除されている」などの言葉をよく聞いた。若年者やシングルマザーからは生活できない低賃金を嘆く声もよく聞く。非正規を中心に貧困状態が広がっていることを実感した。
 そんな中、07年に連合が非正規や中小零細の労働者への取り組みを最優先とする運動方針を決めたことが、一つの転機となった。労組を必要とする人々を仲間に迎えなくては存在意義を問われるとの危機感が、すべての働く者の労働組合という本来の姿に立ち戻らせた。全労連や全労協も相次いで非正規への取り組みに力を注ぐ方針を打ち出し、労働界の流れができた。以降の地道な積み重ねが組織率上昇の下地を作ったといえる。
 「労組は旧態依然だ」と批判の声もある。もちろん、すべての労組や産別の意識が変わったわけではないし、いまだに非正規に無関心な組織もある。しかし、昨年の派遣村の運営や、今年公設派遣村をサポートした「ワンストップの会」は、労組を中心にNPO(非営利組織)や市民団体、弁護士など専門家が集まり運営された。メンバーシップを超えて、生活に困窮する労働者、市民の社会的連帯としての役割を果たそうとしたものだ。また、連合は10年の春闘方針で、非正規など組合員でない労働者も含めたすべての労働者の春闘にする方針を決めている。すぐに大きな成果は出せないかもしれない。だが、これまで目を背けてきた人々へ手を広げ始めたことは確かだ。
 元派遣労働者の彼を迎えた労組は、寮に住み続けることを会社に認めさせ、派遣先での直接雇用を求める裁判(東京地裁で係争中)も支援した。彼は話を聞いてくれて、行動を共にする仲間を得た。無口だった彼は、言葉を取り戻したように多弁になった。連日、ワンストップの会の行動に参加し、1年前の自分のような仲間を励ました。彼は「働き方は変えられないって思っていたけれど、そうじゃない。多くの人とつながることで変えられると思える」と話す。
 過去最悪レベルの失業率など、厳しい状況は今年も続くと見られる。労組は、長期の失業や貧困の中で社会的排除に遭っている人々と手を結び、効率優先の中でずたずたにされた働く者同士、あるいは市民とのつながりを再構築してほしい。そこに困難を乗り越える手段があると思うからだ。▲

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